【伝統食】昔の沖縄の人達、長寿の秘訣は食にあり!おやつにサーターアンダギーは戦前ありえなかった

沖縄長寿
きぶんやママ
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食文化が欧米化する前の沖縄は、世界一の長寿地域だったのです。

その秘密は伝統料理にありました。

これを知れば、あなたの食も変わるかもしれません!

目次

  1. 長寿をもたらした伝統料理の特徴
  2. 脂質や糖分の多い伝統料理の秘密
  3. ラフテーの食べられ方
  4. サーターアンダギーや、ちんすこうの食べられ方
  5. まとめ

長寿をもたらした伝統料理の特徴

心臓の病気やガンになりにくく、骨も強かった沖縄の人たちが普段食べていた伝統料理は、こんな料理でした。

=昔の沖縄普段の食事例=
実だくさんのスープとさつまいも、それに野菜炒めやきゅうりの酢の物などが少々、脂肪を溶かすといわれる台湾茶のシーミー茶を大量に飲む

この普段の食事は、食物繊維が豊富な紅芋に、緑黄色野菜、魚介類、少量の肉の煮物など、低カロリーで栄養価が高い食物を合わせた、栄養学的にも素晴らしい食事でした。

ところで、みなさんは沖縄の伝統料理というと、どんなものを思い浮かべますか?

ヘルシーな「ソーキそば」、「海ぶどう」などの海藻類は、いかにも上記の特徴に合うような、体によさそうなイメージですね。

一方で、豚の角煮のような「ラフテー」や、ドーナツのような「サーターアンダギー」、甘いお菓子「ちんすこう」なども思い浮かぶのではないでしょうか。

そういう料理を思い浮かべると、長寿をもたらした伝統料理の特徴と違うような気がしますよね。脂質も糖分も多そうなイメージ

きぶんやママ
きぶんやママ

脂質も糖分も多い伝統料理が多いのに、なぜ沖縄の人は長寿だったのか。

そこのところを、次に解説します!

脂質や糖分の多い伝統料理の秘密

結論からいうと、次の通りです。

=MEMO=
沖縄の伝統料理「ラフテー」や「サーターアンダギー」、「ちんすこう」は、特別な祝儀の「おもてなし料理」だったので、普段から常食していたわけではなかった

もし、こうした脂質や糖分の多い伝統料理を毎日のように食べていたら、世界一の長寿地域にはならなかったでしょう。「たまに」食べていた程度で、普段は食物繊維、ミネラル、ビタミンの多い料理を食べていたからこそ、心臓病、ガンになりにくく、骨も丈夫な体を維持できたのです。

では、それぞれどういう風に食べられていったか、見てみましょう。

ラフテーの食べられ方

ラフテー
沖縄の伝統料理「ラフテー」

まず、「ラフテー」の話。ラフテーは、簡単に言えば豚肉の角煮のような料理です。戦前までの沖縄では、豚肉を毎日たらふく食べていたわけではありませんでした。

戦前は、お正月やお盆に豚を一頭つぶし、それを塩漬けで保存して、一年分のたんぱく源として使いまわしていました。

普段はその肉を少しだけスープに入れる程度です。しかも、ラフテーを作る時も、4時間煮込んで一晩置き、表面の油脂を取り除いてまた煮込むというもので、肉の脂肪分はほとんどなくなるのが本来の調理法でした。脂のこってりした料理でさえなかったのです。

豚の命を尊重し、多くたべすぎない、それも特別な時だけいただくという風習。さらに、調理法もできるだけ脂を取り除くというもの。それが実は、脂質のとりすぎを防ぎ、沖縄の長寿に結びついたというわけなのです。

サーターアンダギーや、ちんすこうの食べられ方

サーターアンダギー
沖縄の伝統料理「サーターアンダギー」

また、「サーターアンダギー」は結納時に縁起物として食べられていました。表面に割れ目を生じるので、「女性」の象徴とされているようです。

結納では、同じく「男性」を意味するものとして、「カタハランブー」という料理があります。これは、塩味の天ぷらのようなもので、はやり結納時に子孫繁栄を願って食されます。

王朝時代に、中国で菓子作りを勉強した宮中の包丁人たちが、中国の菓子を参考に作ったのが「サーターアンダギー」と「ちんすこう」でした。どちらも、特別な時にしか食べないものでした。

まとめ

戦前長寿だった沖縄の人達の「普段の食事」は、低カロリーで食物繊維が豊富な食事でした。また、海藻も摂取量が高く、カルシウム・ミネラルもしっかりとれていました。だから、骨も丈夫だったのですね。

脂質や糖分を多く含む伝統料理は、特別な時に食べるおもてなし料理でした。子どものおやつなどに常食するようになったのは、戦後になってからのこと。世界一の長寿地域だった戦前までは、滅多に食べられない貴重なものだったのです。

ということで、長寿の秘訣をまとめると、

=MEMO=
脂質や糖分の多いものは、特別な時だけにして、シンプルな伝統料理を基本にしていたのが長寿の秘訣
きぶんやママ
きぶんやママ

子どものおやつなど、当たり前のように甘くてカロリーの高いものを毎日のようにあげていました。反省!

平日は粗食、土日は奮発(!?)のように、メリハリをつけた献立にすると、現代の私たちにも実践できるのではないでしょうか。

参考文献:太ったインディアンの警告 エリコ・ロウ 生活人新書、沖縄の伝統料理

やせる水の飲み方とは?

水を飲む男性ロゴ
きぶんやママ
きぶんやママ

みなさんは食事の時に水を飲みますか?

水の飲み方ひとつで、より消費カロリーを多くできるんですよ。

飲み方ひとつで!?

これからの食欲の秋に良い情報!

ぜひ教えてください!

ママさん
ママさん

やせる水の飲み方のポイント

結論から言うと、

水を「食事前」に飲むこと

食事中、食後でもなく、「食事前」がポイントです。

水を「食事前」に飲むとやせる2つの理由

理由① 胃が膨らんで、少しの食事で我慢できるため

これは言われなくてもわかるような、単純な理由ですね。

理由② 飲んだ水が体温まで温まる過程で熱が発生し、カロリー消費をするため

水を飲むとカロリー消費をする??うそでしょ??と思われるかもしれませんが、本当です。これを、「飲水誘発性熱産生」といいます。

健康な成人が22℃の水を500ml飲んだ時、水が体温まで温められる過程で代謝や交感神経活動が高まり、熱が発生して25kcal消費します。(500ml飲まなくてはならないということではありません。そういうデータがあるというだけです。)

実際にやせたというデータはある?

過去に、成人肥満を対象にした研究が報告されています。以下のような報告でした。

食事制限に合わせて食前に水を500ml飲むことで、3か月で2kgの減量に成功する人が増えた

しかし、ここで注意したいことは、「食事制限に合わせて」という部分。つまり、この水の飲み方だけでここまでやせたということではないのです。

しかし、水の飲み方だけで消費カロリーが少しでも多くなるなら、やって損はありません。

500mlは飲めない、、、。という、私と同じような方はもちろんいらっしゃるに違いありません。量はあまり気にせず、「食事前は水を飲むんだったなぁ」というくらいで取り入れてみてはいかがでしょうか。

きぶんやママ
きぶんやママ

私は、もともと水を飲まない人でした。

でもこのことを知って、食事前には水を飲むようにしています。

外科のお医者さんで、昼食前は必ず水をしっかり飲むというかたがいらっしゃいました。そうすると、午後の手術中の眠気を防げるのだとか。水の飲み方ひとつで、色々と変わるのですね。

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【米】吉野ケ里遺跡が滅んだ理由と米の関係

おにぎり

最近読んだ「日本の米」富山和子著を引用させていただき、先日は式年遷宮と米の関係についてブログでお話した。今日は、吉野ケ里遺跡と米の関係について、この本を参考にしてお話したい。

吉野ケ里遺跡といえば、佐賀県にある弥生時代の遺跡という風に認識している。皆さんも歴史の授業でそう習ったのではないか。イメージの中には、米を育てている人たちが出てくる。吉野ケ里遺跡と米は、もちろん関係あるでしょ。と、思いの皆さん。実は、滅んだ理由も米かもしれないという話を知っていただろうか。私は「日本の米」を読んで初めて知った。

吉野ケ里遺跡とは

まず、簡単に吉野ケ里遺跡のことをおさらいしよう。この遺跡は1989年に発見された。もともとみかん畑だったところを、工業地帯にしようと開発していた矢先に発見された。

魏志倭人伝に記された世界と似ているということで、ここが邪馬台国だったのではと話題騒然となった。候補の場所が他にもいくつかあるが、吉野ケ里遺跡もその候補場所の一つとなった。

集落の規模も大きく、弥生時代の前期・中期・後期と三つの段階を経て、その規模を拡大していった状況がうかがえる。高床式の倉庫群がずらっと並び、高い物見やぐらが復元されている。それほどに米が収穫され、まわりには広大な水田も広がっていたのだろう。

この王国は紀元前3世紀にはじまり、約600年続いだのち、3世紀後半に終わっている。小さなムラから始まり、次第に成長して、ついには王のいるクニへと発展した。しかしなぜだか、この台地上から姿を消してしまった。

次の古墳時代になっても、この吉野ケ里の辺りには大集落が見当たらないということだ。なぜなのだろうか。実は、それが、「米」と関係するかもしれないというのだ。

吉野ケ里が消えた秘密は「アオ灌漑」にある!?

「アオ灌漑」とは?

吉野ケ里が消えた秘密に、「アオ灌漑」があると、佐賀県出身の地理学者、広島大学名誉教授の米倉二郎さんが発表した。

「アオ灌漑」という言葉を知っているだろうか。私は初めて聞いた。「アオ」は、漢字で書くと淡水と書く。満潮時、海水に乗って逆流してくる川の水を言う。

もう少し詳しく言うと、川から吐き出された淡水は、干潮時にはるか沖合いに運ばれる。やがて満潮になると、海水の上に乗っかって、高い水位で陸地へ向かって押し戻される。

低地であれば、定期的にその「アオ」が地面を潤してくれる。いちいち川をせき止めて、水を水田にひいてこなくても済んでしまうのだ。川が吐き出した水を、海が陸地に返してくれる、これが「アオ灌漑」である。

「アオ」が来そうなところに稲を植えていけば、どこまでも水田は拡大する。こうして広げていったのが、吉野ケ里なのではないかという。

そういえば、世界の各地を見ても、川のほとりの海沿いで文明が発達していったのではないか。こうした自然の力に頼ったアオ利用の田畑づくりは、外国でも行われていたようだ。

低湿地から高いところへ文明が移る

しかし、この素晴らしい案も、徐々に避けられ、人々は低湿地から山間の高いところへと場所を移していく。なぜなら、こうした低湿地は、年中水につかり洪水にも流されやすい土地だったのだ。

水利用の技術が進むと、必要なときに水を引き、不要になれば排水できる場所の方が好ましくなった。生産性もはるかに高い。

稲作初期の時代、こうした水利用の技術を得てまわりの集落がより高い生産力を持つようになったとき、海の灌漑にのみ安住していた吉野ケ里が衰退した。これが、私が「日本の米」を読んで知った、吉野ケ里と米の関係である。

クニが繁栄するには、まず第一に人口が増えていくことが大前提だ。それを支えたのが米だった。だから、周りの国々や戦国時代の武将だって、土地を耕させ、水田を広げた。水田には向かないような悪条件な土地も、知恵と工夫と労力と、それこそ命がけで水田に作り上げた。

今現在、平たんになっている土地は、明らかにそうした人の力で平たんにされた土地であるそう。住んでいる近辺の土地、旅行した時に見る土地、それらを、そうした目線で見ると、今までとは違った目線で土地を見ることができるなぁと思う。

話がローマ帝国にまでおよぶ

著者である富山和子さんは、「一時的な技術に依存して衰退した吉野ケ里」を、「ローマ帝国の衰退」に重ねている。

都市や王国の盛衰を考えると、おおむね次のようなパターンをたどっているという。

一つの技術の優位性に頼る(例えば貿易)→農業を軽視する→食料は植民地依存→海軍力が衰える→自国の土地は疲弊(農業を軽視したから)→農業のにない手がいない→国が滅びる

どこかで聞いたことのある話ではないだろうか。農業のにない手が少なくなり、食料を輸入して食料自給率が下がっているこの日本の状況と似てはいないだろうか。

朝はパン派だなんて言っていないで、「米」を食べよう!それが日本の水田、農業を守ることにつながる!と私は思っている。

【米】式年遷宮20年サイクルと米の関係

最近「日本の米」富山和子著を読み、日本の米作りが日本の土地や環境、文化を作ってきたことを知った。

だから日本人の主食は米だったのかと納得した。

しかし、式年遷宮が20年であることにまで、稲が関係していたとは知らなかった。今日はその話をしたい。

式年遷宮とは?

式年遷宮のことをおさらいしてみよう。式年遷宮は国にとっても大行事で、20年に1度、伊勢神宮のお社を建て替える。この時使われる木材は、木曾の国有林からと決まっており、樹齢300年を超える巨木14000本を切り出す。

伊勢神宮の場合、10年ほどで小修理を加える「小遷宮」や「中遷宮」も行われてきた。

1300年続いているこの行事は、平成25年に62回目の遷宮が行われた。

この大行事、財源もそれなりに必要となるので中断された時期もあった。室町時代後期、遷宮費の徴収が困難になり、約120年間中断されたのだ。

しかし、織田信長と豊臣秀吉が献納したおかげで復活した。日本人の神に対する精神を思わずにはいられない。

式年遷宮が木曾の美林を残した

20年で建て替えなんて、我が家の家で考えればなんとももったいない話。

しかし、そのおかげで木曾の森林は手が入れられ、植林され、森林が守られている。

森林を守ることは、川を守り、それが海を守ることにもつながる。それに付随して、水田を守ることにもなり、米や魚介も守られ、それを食する日本人の命が守られるということになるのだ。

木を使うということは、健全な森林環境、ひいては日本の環境を守ることになるのだから、国費を使ってでも式年遷宮が行われることには大きな意味がある。

昔の財源は米

石油社会がやってくるつい最近まで、米は国家の財源であり、社会のエネルギー源だった。

だから、式年遷宮の財源も米だった。当時の制度では、神社の造営などの神事は、徴収し、倉に蓄えた税(米)で作り替える費用をまかなっていた。

もともと神宮の前身は、弥生時代の高床式の倉庫が原型と言われる。弥生時代は、倉庫が最も貴く神聖であった。

税である米を貯蔵し、それで建物を作り替える費用をまかなった。米は経済を動かし、人々を養った。

米の保存年限が20年

その米は、長期保存できる素晴らしい植物だが、その保存年限が20年とのこと。

え、20年ももたないでしょ?と思われただろうか。しかも貯蔵技術の乏しい時代に。

なんとこんな昔でも、米を貯蔵する技術があったのだ。蒸したご飯を乾燥させて旅などに持ち歩いた。これを、糒(ほしいい)と言う。

糒(ほしいい)の状態にすると、20年の貯蔵に耐えるのだ。

ちなみに、倉庫令というかつての法律では、「稲、穀、粟は9年、雑種は2年、糒は20年を貯蔵年限とせよ」と定められていた。

倉庫で蓄えられた税は蓄積され、米の貯蔵年限である20年まで貯え続けた後、社の作り替えを実施する。これが、式年遷宮20年周期の答えなのであった。

20年たつと、倉庫から取り出して処分するということが、律令時代、法律にも定められていたという。

神様のお供えものといえば、お花やお餅、器に盛ったご飯などが思い浮かぶ。

米を保存する倉庫が神聖なものとなり、いつしかそこに神々が住む社としてあがめられる。しかも、それは今でも続いており、米が財源ではなくなった今でも行われている。

日本人と米との深い関係。奥が深いなぁ。朝はパン派だなんて言ってないで、もっと米を食べよう!

ダイエットが難しい理由

新型コロナで、テレワークが増えたり、不要不急の外出を避けたりで、どうしても増えるのが体重。

消費カロリーが減っているのに、食べている量がいつも通りなのだから、体重が増えるのは当然のことだ。

子ども達が夏休みに入り、私もすっかり家で過ごすことに慣れてしまい、体重が気になってきた。

しかし、増えてしまった体重を落とすのは、本当に容易じゃない。今日は、ふと大学で習った「人の体重の減りかた」について思い出したので、その話をしたい。

体重の減り方は一定ではない

皆さんはダイエットをしたことがあるだろうか?あるという方は、体重の減り方について思い起こしていただきたい。

食べる内容や量を減らした場合、最初は順調に体重が減っていったが、途中からまったく減らなくなったという経験をされたことはないだろうか。

これを折れ線グラフにすると、最初は右肩下がりなのだが、ある一定レベルになると、突然なだらかになったり、まったく平行線をたどったりする。

そう、体重の減りはいつも一定ではないのだ。

なだらか、もしくは平行線になるのはなぜ?

このなだらか、もしくは平行線状態は誰もが経験する、ダイエットに挫折するか、成功するかの境目だ。

この平行線状態は、一体なぜ出現するのか。それは、人間に備わった恒常性維持「ホメオスタシス」という機能が働くからだ。

ホメオスタシスとは、体の状態を一定に保とうとする機能のこと。

ちなみに大学の頃、先生がこの「ホメオスタシス」を授業中よく連発していたのだが、先生の「ホメオスタシス」の発音が普通じゃなく、変なところにアクセントがあり、いつも笑いをこらえるのに大変だった。

そのおかげで、「ホメオスタシス」は私の脳裏に深く刻まれ、こうしてふと思い出すに至った。先生のおかげです、ありがとう。

ホメオスタシスが働くと、体重はどうなる?

体重が減ることは、体にとっては危機的な状況と判断される。だから、摂取カロリーが減ると、体重が減少しないように自動的に「省エネモード」になり、基礎代謝を下げるのだ。

体重を落としたいと思っている本人の気持ちなど、くみ取ってくれない。

人類はずっと「飢餓」と戦ってきた

なぜこんな機能が備わったのかというと、人類の長い進化の歴史では、飢餓の期間がほとんどだった。

今のような飽食の時代など、100年にもならない。長い進化の過程で、生命を維持するために身につけてきた機能なのだ。

飢餓の時には大変役立ったこの機能だが、今のような飽食に対応する機能はまだまだ備わっていない。未来の人には、進化の過程でまた備わっていくのだろうか。

そういうわけで、表題のダイエットの難しさがわかっていただけただろうか。

ではダイエットはムダなの?

じゃあ、ダイエットしてもムダなのか?というと、そうではない。

この平行線状態も、必ず終わりはくる。体がこれ以上現体重を保てなくなると、(恒常性を維持できなくなると)また体重は減っていく。

ここまで我慢して続けていけるか、我慢比べというか、勝負の分かれ目となる。

適正体重でお願いします

ここまで、人の体重の減り方と、減らす行為の難しさについて述べてきた。

述べてきたところで、ふと不安になる。これを読んだ人が、必ずしも特定検診の腹囲が毎年ひっかかってしまうような方ばかりではないかもしれないからだ。

もしかしたら、適正体重よりだいぶ下なのに、さらなる体重減を願っている方かもしれない。

特に若い女性の中では、やせの問題が大きくなっている。やせが骨粗しょう症や貧血につながったり、将来不妊の原因にもなりかねない。くれぐれも適正体重内でお願いしたい。