「ていねいな暮らし」が日本のママを専業主婦にさせているかも?海外のママとの違い


丁寧な暮らしはいい暮らしだと思っていた。たから今までは図書館に行くと、そういう本ばかり借りてきた。

料理を手作りし、掃除をするときも重曹などの自然素材で、時には生活用品も手作り。外では食事で使えるハーブを育てる。そんな生活が私の考える「丁寧な暮らし」だった。

しかし、図書館の、普段は立ち寄らないコーナーである本に出会った。「家事のしすぎが日本を滅ぼす 佐光紀子著」

家事のしすぎが日本を滅ぼす

この本を読むと、私が考えていた「丁寧な暮らし」は本当によい暮らしなのかと思わずにはいられない。日本の主婦が理想とする家事は、世界から見ると異常なものかもしれない。

また、多くの日本の主婦たちが考えている「きちんとやる家事」は、歴史を紐解くと、かつての女中の仕事の基準であったことは、私をとても驚かせた。今日はその話を紹介したい。

「女中のいる家」の基準が核家族へ!?

本では、明治41年の高等女学校教科書が紹介されている。これから主婦になる女学生たちに家事全般を教えるために、「衣食住」「育児」「養老」「看病」「一家の管理」「家計の管理」などの情報が載っている教科書だ。

例えば献立については、「飽きると食欲が落ちるから、同じ食品を続けて使わず、なるべく献立を変えなさい」などの一文がある。

衣類については、汚れを見たらすぐに落とすための対策をしましょう、ちりや埃は絹・麻布なら羅紗やフランネルではらい、綿・毛布などはブラッシングしましょうと細かく指示されている。

電化が進んでいない時代にもかかわらず、昔の主婦はもっと細かく掃除をしていたんだなと思ってしまうが、そうではなさそうだ。なぜなら、当時の子ども達は、よほど恵まれた家庭でもない限り高等女学校には行けなかった。つまり、一部の恵まれた女子だけがこの教科書を使っていたということになる。


文部科学省の「日本の成長と教育」によると、(中略)当時小学校を卒業した子どもは全国で37万だが、そこから高等女学校へあがった女子は全国で800人しかいない。

「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす 佐光紀子著より引用

広い家と土地を抱え、使用人を使って暮らしているような、とても特殊な家庭の子女のための教科書なのだ。さらに、教科書の内容の一部に「一家の管理」という項目があるが、これは使用人の管理も含まれる。


主婦の心得について出てくるのは下女・下男・召使の監督なのである。使用人を使用する目的から始まって、選び方、取り扱い方、給与など、6ページを割いて監督者の心得が書かれている。ちなみに、献立には5ページがあてられているので、「一家の管理」には献立よりも多くのページが割かれていることになる。

これはどういうことかというと、ここに書かれているような家事や、毎日献立が変わる食事のありようは、女中さんを置くような家庭向けの家事だったということだ。

「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす 佐光紀子著より引用

つまり、このような細かな家事をきちんと使用人に指図できるように知っておきましょうということなのだ。自分がすべてやるというわけではない。

戦後、核家族が増えていく

戦後、使用人を抱えるような家庭は減り、核家族化が進行した。しかし、流通システムの発達、家電の発達で、使用人がいなくても「毎日違う献立」は作れるし、「毎日きちんと掃除する」ことも「毎日洗濯すること」もできるようになった。

しかし、なぜ女中がいなくてもそうした家事が成り立ったかといえば、女中の役割を専業主婦が引き受けたからにほかならない。

きちんとした家事が「丁寧な暮らし」へ

そうしてきちんと家事をするということが、私が理想としていた「丁寧な暮らし」へと発展した。しかし、もともとは女中の仕事であったことは私を驚かせた。

しかし、この「きちんとした家事」ができるのは、時間のゆとりが必要となる。専業主婦の私でさえ、きちんとやろうと思えば思うほど、やることは山のようにある。これを仕事を持つワーキングマザーまでやろうと思ったら、まず無理は話ではないか。

だから、日本では世界に類を見ないほど、専業主婦の人気が高い

海外では専業主婦は一般的ではない

海外はワーキングマザーの方が多く、専業主婦がもはや絶滅危惧種だという国があるという。そう聞くと、まるで日本人の女性が怠惰であるように聞こえるが、断じてそうではない。

私は、この本にもあるように、日本の女性に専業主婦が人気なのは「やるべき家事」や「やるべき育児」が多いからだと思う。そして、「丁寧な暮らし」が礼賛されている風潮もある。

しかし、実は日本人が「やるべき」と思っている家事は、海外ではまったくやるべきことではないという事実もある。海外の主婦は、もっと仕事を外注している。例えば、ベビーシッターを雇って、たまに夫婦でデートをしたり。

食事作りもバラエティに富んだものではなく、いつも同じものを作る。色々な国の料理なんて挑戦しない。そういうものはレストランに行けばよいのであって、自分の仕事をする方が大切だという考え方。

朝ご飯に見る海外の常識と日本の常識

皆さんは他の国の朝ごはんを見たことがあるだろうか。日本のように、今日はご飯、明日はパンと献立が劇的に変わることはない。

昔オーストリアを訪ねた時、ホテルで出た朝ご飯は毎日同じメニューだった。しかし、飽きて仕方ないなんていう人は皆無であるようだった。ホテルでさえそのような状態だから、一般の家庭では毎日同じであるのがむしろ当たり前である。

子どもの英語のDVDでは、お父さんが薄いパンにアボカドをボンっと突っ込み、それを娘さんに手渡ししていた。それが朝ご飯なのだ。その次に、お母さんはのんびりとソファに座っている映像が出て、娘が学校に行くのでほっぺにキスをして、気を付けて行ってくるのよと言っていた。

東南アジアの方では、家に台所もないところも多く、朝ご飯は屋台で食べるから朝ご飯を作ったことがないという人もたくさんいる。

それと比べたら、日本のママたちはなんと忙しいのだろう。朝は5時に起きて、床の掃除をし、洗濯機を回しながら朝ご飯と皆の弁当を作る。子どもの着替えの手伝いをしたりもする。歯を磨かせて、忘れ物のチェックをして、朝から「早く食べなさい!」「もう何時だと思ってるの!」なんて怒鳴ったりして。

まとめ

日本の主婦は「やるべき」と思っている家事・育児が多すぎる

「やるべき」と思っている家事・育児は、かつての女中の仕事であったかもしれない

「やるべき家事」が多いから、「専業主婦」じゃないとやっていけないと思ってしまう

もっと仕事を外注してもよいのではないか。それを怠慢だとかいう目で見る古い風潮が根強い。もっと海外のように肩の力を抜き、その分の労力を自分のスキルを活かした仕事へともっていかないともったいないし、これからの日本には女性の力がもっともっと必要だと思う。

「丁寧な暮らし」をあまり礼賛しすぎない。私も、ブログのスタイルを少し変えないといけないなぁと思った。