それでも花は咲く。

桜の枝 暮らし

近所のお友達のが、桜の枝を持ってきてくれた。自宅の庭の桜の木を剪定している方からいただいたとのこと。それをわざわざ、我が家におすそわけしに来てくれたのだ。

新型コロナで家に閉じこもり、気持ちまでふさぎこんでいた。そんな我が家の食卓に、パッと花が咲いている。

それだけで、気持ちが明るくなるから、お花の力はすごいと思う。優しい友達に感謝!


新型コロナの影響で、街はしんと静まりかえっている。全国、いや全世界で亡くなる方が後を絶たない。

それでも。

桜は満開。道端にも名前のわからない雑草たちが花を咲かしている。

世界の状況と満開の桜に違和感を感じたり、時に応援されているように思えた。でもそれは、すごく自分勝手な見方だなとも思う。

百花春至為誰開(ひゃっかはるいたってたがためにひらく)

突然ですが、これは禅語の一つ。

花は人の目を気にして咲くのではなく、自然に和して、ありのままに咲いています。

…中略…

花は無心です。無心とは、心が無いことではなく、ありのまま、自然のまま、計らいがないこと。

幸せを感じる心の育て方 枡野俊明著 より

花たちは誰かのために咲いているのではない。次の子孫を残すため、やるべきことをやるべき時期に無心で全うしているだけ。花目線で見ると確かにその通り。

見返りを求めず、ただ咲く。

こんな状況だけど、私は私のやるべきことを毎日こなしていく、それしかない。見返りを求めず、家族が元気なことに感謝して、今日も私のやるべき家事をこなす、、、。


珍しく小難しいことを考えていたら、うっかり30分居眠りしてしまった。

ふと机を見ると、、。

娘からのプレゼント

メモ帳には「おすきにのんでもいいよ ままだいすき」の文字。一杯の麦茶が置いてあった。

お花は我が家の回りに生えていたものを摘んできてくれたよう。

実は、遠方で暮らす私の父が発熱し、まだ一日目にも関わらず私が勝手に心配し、心が乱れていたのだ。そんな時にこの計らい。

花は間違いなく無心だ。

しかし、友と娘がプレゼントしてくれた花は、明らかに私へのメッセージが込められていた。

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